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脳梗塞・リハビリテーション 45(41)

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脳梗塞・リハビリテーション 45(41)

 入院44日目 8月18日(木曜日) 

                   

郷里、大分の佐伯市から3番目の弟、省ちゃんが来てくれる。出張の序でだと云う。だいぶ、回復しているので安心してくれた様子である。

田舎の両親には見たままを伝えてくれるように頼む。歩くリハビリをしていると云うのが何よりも安心してもらえるからと。

リハビリを終えて帰ると、青木徳全社長が見舞いに見えて居られる。

青木社長とは27年前に九州の八幡でご一緒に勤務したことがあるとは云え、猛暑の最中、本当に恐縮してしまう。

27年前、僕の24歳の時だ。当時の青木社長はシェル型岸壁と云う特殊工法の設計チームのチーフとして間組の技術局八幡分室に駐在していた。

野帳場と云う広い現場(津屋崎団地造成工事)に出ていた自分は、早く設計を仕上げて海の中に漬けて下さいよ、と無理な御願いをしていた記憶がある。

何と云っても、今も印象に残るのは、昭和44年に行われた建設省が行った第1回目の1級土木施工監理技士の国家資格試験である。

第1回の試験に、1発でパスしたのが、出張所管内では、社長と僕の2人だったこと。『設計の青木君と現場の管君だけか!』と石川所長が嘆いたのが、目に浮かぶのだ。

この2人は、経験不足で駄目だろう、と心配されていたそうで、僕に至っては受験資格がギリギリの経験年数だったのだ。

心配をしていた2人がパスして、所長以下が全滅とは!

僕の場合、何がなにやら知らぬが仏(ほとけ)。

広く浅くと2年間に5つの現場を齧ったので、何も迷わず答えを出した。
処が所長以下諸先輩は、経験豊富な為に回答が出来ない。

例えば、ダムの止水の方法では、草薙ダムは斯うした、丸山ダムの時は、いや椎葉ダムの……!と切りがない。多かれ少なかれ、迷ったと云う。

そんな当時の話も出て、『早く元気な顔を皆に見せてやりなさいよ。でも、無理はしないでくれよ。ゆっくり、腰を落ち着けて治すのが肝心だから。』と云ってくださる。

妻の「介護日誌」より抜粋

  午前中のリハビリで手のむくみが取れないので、温水療法をしてくれる。

  泡温水の中へ10分間浸けておく。

  10分間も短いようで、長く感じられる。先にやっていた患者が

  これをやると調子が良いとも云っていた。

  午後 省三さんが東京出張だと云って来て下さる。

  4時から言語のリハビリがあり、病室で待ってもらっていると、

  青山機工の社長(青木氏)さんもわざわざ来て下さり、リハビリが

  済むのを待って下さったとのこと。

  主人と親しく話をして励まして下さった。

 

**** 蛇足 **(我慢して聴く会INくじゅう高原)*******

これは、

脳梗塞のリハビリで 街に出れる様になり パソコン教室に通って作詞作曲した曲です。
 

 01 のっぽのけいこちゃん  (左をクリックしてください) 自分の歌  

 02 夕張メロンの歌 (左をクリックしてください) 孫の歌を採譜した  

では、我慢して聴いてください。

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