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脳梗塞・リハビリテーション 33(29)

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脳梗塞・リハビリテーション 33(29)

 入院32日目 8月6日(土曜日)  

原爆の日。広島では静かに犠牲者の冥福を祈るのが普通一般的。
デモ行進や原爆反対と声を上げるのは左翼の『ホイト集団』と言われている。

数年前、西中国山地の樽床ダム湖畔でキャンプを張って居たときのことだ、そこは広島県北の島根県境にある。

山本拓郎支店長が単身赴任されていて、支店長と一緒にキャンプに行こう、と芸北の地方に決まったのだ。

芸北の町も懐かしい。僕にとって、開発事業の原点と言って良い。

芸北文化ランドに宿を取ったのが昭和53年の『聞き取り調査』の時だから、それなりの友人知人がいる。向台忠則さんも、因縁の有る方だ。

以来、僕はヒョンナことから中国地方の各市町村の“村興し”を手伝って来た。

みんな広島経済大学の日隈健壬先生(現修道大学教授)の仕掛けにはまったことだが、お陰でその地方、地区には良い仲間達に恵まれている。

さて、太田川の上流で臥竜山の麓でのキャンプファイアーは夜半まで賑やかだった。

次の朝は生憎の霧雨となる。大わらわでゴミを燃やし、テントを片付けてスコップで大きな穴を掘る。ゴミの燃えカスを埋め、後は清掃片付けだなと思っていると中村幸信君が自分の子供に何か言われている。 

ハッとなって大急ぎで此方に向かう。何事と緊張した空気が出る。

『管さん、8時10分過ぎた。黙祷の時間を忘れるとこだった。』と云ってきた。本当だ、本当だ。大人共は雨が小降りの時に方付けようとばかり、8時過ぎた事など眼中に無い有様だ。

即、全員集合。大人子供50人近く集まる。

8時15分になると『全員、広島の方を向き、1分間の黙祷!』

これは広島に住む人々の自然な姿である。

                   

イデオロギーとかの問題では無い。

この年は中村君の坊ちゃんのお陰で、皆心残り無く散開することが出来た。

病院ではテレビで御偉いさん方のセレモニーを写している。          

 自主トレの歩行訓練は、病院の外に出れずに院内だけだから、思ったより歩数は伸びない。それでも今の所5000歩はクリアーした。

全体的に狭い病院の、廊下を行き来するのは気を使う。

廊下に車椅子を寄せて外を観るだけの重度障害の患者さんに悪いみたいだ。
今日は8250歩。

息子の「介護日誌」より抜粋


  土曜日は11:40病院に行き 昼過ぎ、和海おじさんが来たので一緒に昼
食。
青梅で 花火祭りがあると云うので、2:00病院を出る。

  おじさんと二人で、福生祭りを見て、青梅の花火を見に行く。

  近くで花火大会を見たのは初めてだ、ではないのか。

      直基君はクラブの合宿、トモ(智雄)君とは結局、会えず。

  今日は八王子の加代子おばさんの実家に行き、おばさんのお母さん、 弟さん
と対面。
     似ている!八王子の祭りを観て、夕方、八王子駅まで送ってもらう。
   (中略)

**** 蛇足 **********************

これは、

脳梗塞のリハビリで 街に出れる様になり パソコン教室に通って作詞作曲した曲です。

 01 のっぽのけいこちゃん  (左をクリックしてください) 自分の歌  

        

 02 夕張メロンの歌  (左をクリックしてください) 孫の歌を採譜した 

 

では、我慢して聴いてください。

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