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脳梗塞・リハビリテーション 7(04)

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脳梗塞・リハビリテーション 7(04)

 5 立ち上がる練習 歩ける 監視付きでも歩ける


 入院8日目 7月13日(水曜日)

今日も快晴、暑くなるだろう。猛暑だ。
広島も暑いのだろうな、ここ横浜で入院して良かった、と思う。
この暑いのに見舞いに来るのは大変だ、と見舞いの客の心配をしている自分を笑う。

しかし、広島だったら見舞い客が引っ切りなしで、寝ている暇も無いだろうなって考えただけでも気が滅入ってしまう。誰も知らない横浜で、ひっそり療養って言うのも悪くないな、とも思う。

そう云いながら、妻が帰ってしまうと、ポカッと心に大きな穴が空いたようで、無性に寂しくなる。恥ずかしい話だが、涙が出て止まらない。
いい加減にせんか! 大のオトナがって言い聞かせるが効果なし。

脳梗塞の病気の勢か、喜怒哀楽の起伏が激しい
ナースコールを押してヘルパーさんを呼ぶ。
トイレ、大便の方だと偽り車椅子を押させ病室を出る。

時間が経ち洗面所で、手だけでなく顔も洗ってサッパリする。
『あ~、サッパリした。洗顔は善いネ』と云うと、愛嬌の有る少女、丸(まる)ヘルパーは『オクサン、キレイナヒトネ。オクサン、モウ コナイノ。サミシイネ、カンサン』と云ってくれる!

おいおい、思い出さすじゃぁないか! 止めてくれ、とは言えない。
さり気なく、『このまま、外の空気を吸ってみたいなぁ。どこかないか』と聞く。

『ソトノ空気?玄関ノ ロビー ハ 駄目デスカ?』と云うから、エレベーターで降りる。

自分で好きなところにも行けないって言うのは、不便なものよのぉ、と車イスの身障者となった自分をはっきり感じたものである。

リハビリは、今日は主にストレッチ、と立ち上がる練習。
左足一本で立っている感じがする。右足に体重を架けるとカクッと膝折れそうな気がして、右足で立つのが不安だ。

それでも、恐る恐る右足にも体重を乗せ、ヨロヨロしながら『立ち・座り』を訓練する。ここまで、準備をして次にいよいよ、歩行訓練
休み休み先生が帯を持ち、後に回って歩かせてくれる。

膝を曲げないから、立ち座りよりも楽である。リハビリ室から出て廊下も回る。
まだまだ歩けると思うが、無理はさせてくれない。
何だか、やった!やった!と云う気分になる。

車椅子を推してもらって部屋に帰ると、同室の人達は、お帰りなさい、お疲れさん、とか御苦労さまでしたと挨拶してくれる。
当たり前のことだけどアットホームな感じになる。

昼食にレーメン(冷麺)が出る。食べたあと胃拡張気味の胃袋が満足しない。量が少なく返って、腹が減ったようだ。2ヶ月で81kgを70kgに減量しなくてはならないのだから、これは無理と云うものだ。

普通なら、腹が減って眠れんところだが、病院は眠くなる。
それにもうベッドの上に座るのは、身体が慣れた、痛くない。
ぼつぼつ左手で箸を持つ練習をしなければ、と思う。

夕方、同期の久保ちゃんと笠松ドンが来てくれる。(久保昭雄氏、笠松保男氏) 久保ちゃんは奇麗な白髪で目付きが鋭く声は低音。
笠松ドンは本店海外工事部に勤務。

トルコ帰りで色は黒く、目玉はギョロッとして低いダミ声と来ている。
だから、『柄の悪いのが来てくれたなぁ』と言うと、類は類を呼ぶって云うからなと問題ににしない。若い女の子でも来たら驚いて帰ってしまうなぁ、と話が弾む。

ちょうどその時に青山機工の女子社員、本間さんと大関さんが見舞にみえたのでびっくりした。可愛い花のプレゼントをいただく。後日聞いたら、両人とも、本当に本社の部長とは知らなかったようだ。

久保ちゃんは同じフロアに居るので知っているものだ、と思っていた僕の独り合点。

妻の「介護日誌」より抜粋

朝、主人の実家の両親に電話。(中略)広島の行き付けの主治医奥川先生に相談に行く。(中略)明日はもう少し東京で様子を見て、此方に帰るよう決心して行くつもり。
夜、哲郎さん、省三さん、雅彦さんにそれぞれ経過 様子を知らせる。
その他心配して電話がかかった所に連絡を入れる。

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