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脳梗塞・リハビリテーション 6(03)

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脳梗塞・リハビリテーション 6(03)

セーヤンの備忘録001 ③ 入院 5日・6日・7日目

2011-09-01 11:55:04

テーマ:

今回も写真なし!

色づけと文字の太字が出来た。

文字サイズとフォントが上手くできない!

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5日目 7月10日(日)

日7月10日(日曜日)

小田原の義兄、山田広海・律江夫婦と福生の義弟、土手和海・加代子夫婦が見舞いに来てくれる。思ったより元気だと安心して貰える。内心、若いのに何で?こんな病気に!大丈夫かなぁ~? 元通りの身体に帰るのか、心配だっただろう。

高気圧酸素治療室は日曜日も待った無し、継続して行う。
右足先に力が入るような気がする。右手もどうにかして、天井向いて、寝て居てヒタイの上まで挙がるような気がする。何とかなる。でも、凄く疲れる。へとへとだ。

足の指を伸ばそうと思うのに『力(ちから)』が入らない。腕を挙げようとするのだが、力 が入らない。 照準が定まらぬ、焦点が決まらないモドカシサって言うのか。それで疲れる。畜生!何とかしてくれよ。と思いながら昼寝をする。

妻の「介護日誌」抜粋

兄も弟も転院は、もっと落ち着いての方が良いと云う。
その様にしょうと決心する。
お昼は4人で、近くの「さと」と云うお店にいく。
今日は日曜日のせいか、3時からのリハビリも無く、ベッドの上で手足を動かすようにする。便が運動不足のせいか出そうで、出ない様子。
週刊誌、単行本に眼が少しは行くようで、読み始める。

 4 足が少し動く!歩行訓練 ネアカで治せ!

6日目、7月11日(月曜日)

朝食が済むと高気圧酸素室が日課。
少しずつだが足が曲がる、膝が立てる、やったぞ!治るぞ!と隔離された酸素室のなかで大声をあげワメク。歓喜の雄叫びだ。

疲れたが、嬉しい。恵子に早速、知らせる。
もう3~4日か酸素室に入れてもらえんか!
そんなもん、永く入れば良いってもんじゃあない、明日で終わりの予定。

かっての広島の職場の杉山昇課長が見舞いに来てくれる。
広島からや?と問うと、東京に出張だから安心してくださいと云う。
そうだ、彼は東京に家族を残して広島に単身赴任なのだ。

あわただしいのに良く立ち寄ってくれた。
思ったより軽そうだと皆に伝えておいて下さいと頼む。

車イスに乗せてもらいエレベーターでリハビリ室へ。大瀧理学療法士が受け持ってくれる。台マットに座らせることから面倒を看て貰わねばならない。
腰を帯紐で縛り、それを介添えして立たせてくれる。

姿見の鏡があり、姿勢の善し悪しを見るのだが、どう見ても、パジャマの団袋に兵児帯、明治維新の官軍のナリを思い出して、情けない兵隊よノウと力無く笑ってしまう。

立ったまま方向転換して位置の確認、ヨシで台マットに座る。次にマットに寝る。ゆっくりと。それから足首を回して、アキレス腱の屈伸とか膝の屈伸にかかる。最初は身体をホグス体操が主だったようだ。

硬直の具合は先週ベッドの上で確認済みであるから。気持ちが良いけど、相当疲れる。初日は何となく恥ずかしいものだ。老若男女色々な患者がいる。向かって右側は階段とかプーリーや、宇宙遊泳でもさせるのか斜めの御立台がある。

台マットが並び療法士の先生であろう、患者の面倒を看ている。
患者は皆、弱々しい、車椅子に乗っているのがほとんどだ。
中には意識が有るのか、と思うような人も居る。

リハビリで元に戻る?本当か? 左側は通院の患者だろう、コザッパリした服装の人達が紫外線を当てていたり、足や手に重りを当てて夫々トレーニングをしている。 マットに腰掛けて、大瀧先生にすがって立ち上がる練習をする。

立つのにも、ひと苦労するとは、どんな身体に成ってしまったのだ?と思う。指示に従って動く。すると、立てるじゃあないか! 高気圧酸素室の成果あり!と考え直す。今は主にストレッチ、と立ち上がる練習。

左足一本で立っている感じがする。右足に体重をのせるとカクッと膝が折れそうな気がして、右足で立つのが不安だ。それでも、おそるおそる右足にも体重を懸ける、よろよろしながら立ち座りを訓練する。

そうしていると、急に、『それでは、歩いてみましょう。ハイ、右脚を前に、そうそう、ハイ、元に戻して。ハイ、もう一度右足を前に………』

(おっ、もう歩けるんか。本当に? やったぞ、歩けるのだ)と、ただもう嬉しくって右足を、前に後に号令に合わせ動かしていたのを覚えている。

これが済むと、いよいよ歩行訓練になる。期待と皆の前でするので、照れくさい。大瀧先生に支えてもらって、一歩二歩、弾みを就けて3歩4歩とあぶなかしいが、歩けた。後は調子を付けて歩け 歩け。

後に先生が後ろから動きの鈍い右足を、蹴る様な押す様な仕種でホローしてくれるとは云え、リハビリ室を2周回った。軽い気持ちが「歩き」を克服。何のことはない、思ったより簡単に歩ける。

よし! 治るぞ、治すぞ! って、気持ちになる。
高気圧酸素室の移動はワゴンに寝たままだが、車イスは後ろから看護婦が押してくれるので移動が楽しい。

部屋に帰るとハザマ興業の戸田由男重役と青山機工の錦織良春氏が見舞いに来てくれた。前に広島支店にいたことがあるので、懐かしい。
『おいおい、大変な災難じゃったのう。しかしまぁ、意識があって良かった、良かった』と意識がしっかりしているのを喜んでくれる。

戸田重役は、この病気、『根暗(ねくら)』が一番困る。
辛いだろうが『根明(ねあか)』で務めてくれ、頼むぜ、と云う。何の事か最初、意味が判らなかったが、よくよく聞いてみると良く解る。

『脳梗塞だと思い詰めることが、物事を悪く、悪く考えるようになる。
だんだん暗く沈んでしまって取りつく島もなくなる、つまり、根暗 ネクラだよ。君は明るいからと云って油断はできん。病気になれば、弱気にならんともかぎらん。

努めてネアカを演じるんだぞ!そうでなきゃぁ、周りがやれん。
看病する奥さんの身になってネアカ、根明を演じなければならん』と激励してくれる。全くその通り、了解。

『カラオケも良いぞ、記憶を取り戻したかどうか自分で確認出来るからな。しっかり浪曲子守歌なぞ、歌えや。英語のでも良いで、思い出のサンフランシスコ ってのか、覚えているか?』と元気付けてくれる。

後は、日にちが薬だから、焦らず気長にやることだぞ、と云って帰られた。
明るく勤めるなんて、監獄勤めじゃないけれど、この助言は有難かった。
僕の信条は、仕事抜きであろうがなかろうが、相手の人が居るときは、何か相手の良いとこを捜そう、が基本だからトラブルはない。

でも入院生活の場合、どうなるか解らない、予測予想のつかない病気で入院したら、ネクラになるのが普通じゃなかろうか。 ヨシ、気をつけよう!ネクラでない、ネ、ア、カ、に!

でも、『♪ 逃げた女房に未練は無いが~、お乳欲しがるこの子が可愛い~!』と妻の前で歌えるかい? これは遠慮しよう。

妻の「介護日誌」抜粋

午後から2階のトレーニング室へ車椅子で行き、歩行訓練を始める。
先生に支えられながら、2周ほどする。隣部屋の付添いの人が、主人の担当のリハビリの先生はとっても実力のある、良い先生よ!と云ってくださる。
大瀧先生のことのようだ。約30分位トレーニング室にいる。
ベッドの上でも手がお腹の上まで上がる、肩の力からのようだが。
足も曲げたり伸ばしたり出来、夕方には、指も少し動いたように思われる。
食事がお粥ばかりなのでドクターと話をする。
夕食から糖尿食が始まります、一日1400カロリーに押さえるとのこと。
お茶以外の差し入れ物は駄目。
糖尿からの原因も大いにあるので、まず食事療法が一番大事と云われる。
夜、寮に帰って江草氏に会う。同期で御世話になった御礼の挨拶をする。
電話が通じるようになる。 044-853-   0

7日目、7月12日(火曜日)

高気圧酸素室、最後の日。
あぁ~、狭いとこから脱出できた。お~シンドって感じ。

11時からリハビリ室へ。休む時間も与えてくれない。足首を回しアキレス腱を伸ばし柔軟体操をやる。ストレッチと云うんだそうだ。これは気持ちが良い。痛くないですか、痛くないですかと聞きながら腕を、脚を伸ばしていく。

患者が痛がることは、やらない。痛いことは負担に感じる。
そうなると精神的にリハビリ室が厭になってくる、サボる。
やれば治るのに来ないから、そこで終わる。
理学療法士の一番情けなく感じる時らしい。

だから痛いときは遠慮なく痛いと云って下さい。

管さんは“ 若い” から良いですが、ご高齢者には気を使いますよ、って話し掛けてくれる。

マットに腰掛けて右手を後ろに支える。
掌を開く、が開かない。先生が手でこじ開ける。

そのままの姿勢で開いた掌を後ろに支える。
親指、人差し指、小指、中指とだんだんマットから浮き上がって離れてくる。
親指は掌の内側に食い込んでくる、痛い。

掌が開かない、真っ直ぐ指が伸びない、マットに手が突けない。
ドウナッテルンダ! 改めて、自分の病気に気付く。
右手を下げたままではいけないので三角巾で吊れと云われる。

早速買いに行ってもらう。
何事も、前向きに、良い方に考えないと「根明」ネアカになれんぞ! と云う声が聞こえてくるようだ。昨日、戸田さんに云われたばかりだよな。

そう思っていると、日本技研コンサルの木村英一重役がリハビリ室まで見舞いに来られる。『オー、もうリハビリをやっているか。以外と早くやってくれるんだなぁ、安心したよ。』皆さんにご心配掛けたなぁと、会わす顔がない。

病室の部屋に帰って横になっていると青山機工の豊福範生部長が同期の江草豊氏、笠松保男氏を連れ立って見舞いに観える。

恐縮、恐縮。

妻の「介護日誌」より抜粋 

3時前、リハビリに送って広島に帰るところに、木村元広島支店長さんが、お見舞に来て下さる。

新幹線の時間もあり、挨拶そこそこに病院を出る。
地下鉄の方が近いと教えてもらい中川駅まで歩くが、緩やかな登りもあり荷物を持って一汗かく。

中川駅から新横浜駅まで14分。
気分が少し落ち着いたのか、糖尿食では足りないらしく、お腹が空いたと言う。

食欲が有るのは良いことだが、厳しく摂生をしなければならぬ。

(中略)

以下の、8日目 7月13日からは、次回に。

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